人に見られるかもしれない壁打ち所

野生動物です。やさしくしましょう。

【考察】少女と世界、素晴らしき日々 #少女終末旅行

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※注意

 この記事には以下の作品のネタバレを含みます。

 以下、上記の作品のネタバレを避けたい方には推奨できません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………

 私たちは何もかも失っていった…

 車両も銃も…

 本も日記も…

 そして今光もなく…

 足音は繰り返し中に消えていく…

 これが生きることなんだろうか…

 暗闇から来て暗闇の中へ還っていくみたいに…

 ユーの手が…時々震える…

 ………

 少し強めに握り返すと……

 また握り返してくる…

 大丈夫…大丈夫だよちーちゃん

 わかってるよ……

 私たちはもう…

 ひとつの生き物になってしまった

 初めからそうだったのかもしれない

 だとすれば…

 本当にそうだとすれば…

 私の手…ユーの手…

 肌に触れる冷たい空気…

 その外側にある建物…都市…

 その上に広がる空…

 こうして触れ合っている世界のすべてが…

 私たちそのものみたいだ…… 

     少女終末旅行より 

 漠然として広がるだけの場所。爪痕だけをおきざりに、見放される事を余儀なくされた場所。そんなどうしようもない、やるせない場所を二人の少女は旅をした。

 星空に感動し、戦争に疑問符を打ち、風呂に浸かり、日記を記し、汚れを落とし、人と出会い、大切を問われ、問うた人を励まし、写真を撮り、偶像の神を目の当たりにし、住まいに思いを馳せ、夢を見て、音楽を憶え、また人と出会い、イモを食らい、飛び立つ人の歴史を刻み、道に迷い、甘い幸せを味わい、死者の記憶を横切り、月光に酔いしれ、螺旋階段を登り、生命を考え、都市の機能を知り、共感を覚え、電車に乗り、波のリズムに悲しみ、謎の生命体を捕え、よくわからないものを見て、破壊を操り、過去の残り香にざわめき、その過去を知り、謎の生命体を見送り、水を確保し、怪我をし、芸術に触れ、衣服を纏い、大麻で幻覚と話し、爆発の浪漫を共有し、失敗作の神を殺し、過去を夢見て、温度を感じ、遠い宇宙を想い、言葉の宇宙に息を呑み、愛車の死に共感し、喪失と引き換えに生を手に入れ、世界を知り、二人の少女は旅をした。そんな旅路も、一片の光の中で終わりを遂げた。

 光の中に希望はなかった。あるのは雪と黒い石と、それを覆う満天の星空だけ。

 二人は最果てで水杯を挙げた。一人が肌身離さず身につけていたブロディヘルメットを外し、疑問を口にする。

 …ねぇ

 私たちこれで正しかったのかな 

  もう一人が疑問で返す。

 正しかったって…? 

  一人は後悔の念を吐き出す。

  もっと早く引き返した方がよかったんじゃないかとか

 もっと別の場所に進んだ方がよかったんじゃないかとか…

 そしたらもっと暖かくて食べ物もある場所に行けたんじゃないかとか…

 そしたらもっと…

  一人は後悔に溺れている。掘り返せば返すほど溢れ出す、際限のない「もっと、もっと」。楽しい思い出もあったはずだ。喜びも少なからずあったはずだ。それでも少女は後悔に溺れいている。怒りを孕む哀しみに記憶を蝕まれている。途方も無い思いをもう一人にぶつけ続ける。

 強い哀しみは留まることを知らない。そんな時、人は有り得たかもしれない可能性に思いを馳せる。叶わない祈り。届かない聲。それらは私たちの住む日常の中で、ごく普通に訪れる。解決など叶わない。痛みだけの不幸。それらは人ならば誰しもが持ち合わせる負の感情。

 少女はそれに憑りつかれていた。人生最大の不幸になすすべもなく。

 …… 

 もう一人が沈黙したまま駆け出す。すると、少女と距離を置き身を翻し、足下の雪を丸め少女の顔めがけて放り投げた。雪玉は少女の顔に命中する。もう一人は更に雪玉を構え、少女はそれを防ぎつつ止めるように呼びかけるが、防ぎきれずにまたも被弾。やがて少女も反撃を始め、雪合戦が始まった。

 もう一人が沈黙を破り、問いに答えた。

 わかんないよ!

 どうするのがよかったのかも

 どうしてこんな世界に二人っきりなのかも…

 ……何も分かんないけど …

 生きるのは最高だったよね……

    たった一言。それだけで、傍らにいつでも置いてあった幸ある日々の記憶を見つけられた。そうだ。生きるのは最高だ。輝ける幸福を求めて動き、とりとめないおしゃべりをどこまでも続け、何回も「知りたい」を知って、そんな日々が今日も明日も昨日も変わらずにそこにあった。

 …でも、独りでは絶対に気が付けなかった。知り得なかった。存在すらしなかった。素晴らしき日々の記憶たち。それはどんな人にでも宿っている共通の幸福。しかし、人は絶望する時それに中々気がつけない。気がついてしまえば簡単な話だ。それこそ自明の理とさえ言ってしまえる。そして、その気づきを阻害してしまうのはいつだって孤独であり、個人で抱え込む限り、答えは遠のくばかりでやがては存在すら忘れてしまう。

 …私不安だったんだ

 こんなに世界は広いのに…何も知らずに自分が消えてしまうのが

 …だけどあの暗い階段を登りながらユーの手を握ってたら

 自分と世界が一つになったような気がして…

 それで思った…見て触って感じられることが世界の全てなんだって

 …よくわかんないよね…こんなこと言っても 

 

 わかるよ

 私もずっとそれを言いたかった気がする

 個人ですべてを抱え込むと、やがて個人は抱えきれなくなりその場所  世界を広げる。私の手…もう一人の手…肌に触れる空気…その外側にある建物…その上に広がる空……世界は人や空気、建物や空と融け込んで個人の持つ世界は広がる。世界は生の垣根を越えて究極の個人へと昇華した。

 一方で、幸福は本質から遠のいていき孤独ばかりが増してゆく。少女たちはそれぞれでこの境地に、絶望と付き合うことで辿り着いていた。

 そして孤独は共感の材料となり、それぞれが抱え込んでいた重荷は、この時を以って幸福へと姿を変えた。不幸とは得てしてそういうものである。視点を変えてみれば不幸でもなんでもない。寧ろ幸福とさえ思えることばかりだ。勿論これは幸福にも同じことが言える  が、それでも。最後に「生きるのは最高だったよね…」と、そう言ってしまえるのならばそんなに幸福なことはない。

 世界で一番幸せな少女と世界で一番不幸せな少女は、そんな幸福を抱いて眠りについた。最高の『生きる』を、それぞれの世界にのせて